Ray Gun | デビッド・カーソン 伝説の音楽雑誌





■Ray Gun magazine

1992年 Marvin Scott Jarrett によって創刊された
音楽雑誌「Ray Gun」は、間もなく、
伝説に残る雑誌へと変貌を遂げます。

誌面に繰り出される判読不能なタイポグラフィ、
レイアウトの決まりを全く無視した実験的なスタイルに
当時の雑誌デザインに大きな衝撃を与えました。

デザインを担当したのは、
デビッド・カーソン(David Carson)で、
そのスタイルは、
多くの雑誌、数え切れない位のグラフィック・デザイナーに
多大なる影響を及ぼした訳です。

「Ray Gun」は、基本的には音楽雑誌で、
ミュージシャンのインタビューなど掲載されているわけですが、
前述の通り、
テキストは判読不能にされ、デザインもグチャグチャにされ、
良い意味で、
内容の全くわからない誌面が大胆に作られていました。

「Ray Gun」の成功を受け、
編集長のMarvin Scott Jarrett は、
同じスタイルのマガジン
「Bikini」、「Stick」 「huH」など別雑誌も創刊。

当時は、日本を含めて、
「Ray Gun」モドキ、「Ray Gun」スタイルの雑誌が
続々と創刊される程、その影響力は凄まじかったのです。

Marvin Scott Jarrett は、
現在ファッション誌「NYLON」を拠点に活躍し、
同雑誌でも度々斬新なデザイン・ワークが垣間見られます。

一方、デビッド・カーソンは、
創刊から約3年間「Ray Gun」のデザイナーをつとめ
その後自らのデザイン事務所を立ち上げ、
今ではデザイン界の巨匠枠に位置する程の有名人。
「Ray Gun」後も、数々のマガジン・ワークを手掛けています。

・David Carson 公式サイト

ちなみに、
毎号「Ray Gun」の巻末で掲載された、
ファッション・フォトのページも興味深い構成でした。

ダグ・エイケン(Doug Aitken)や、
今は亡き、コリーヌ・デイ(Corinne Day)が
フォトグラファーとして度々参加していたのです。

 

■#26(1995年)

ビースティボーイズ(Beastie Boys) × Luscious Jackson

アイザック・ヘイズ(Isaac Hayes) × ヘンリー・ロリンズ(Henry Rollins)

ピチカート・ファイヴ(PIZZICATO FIVE)

テイ・トウワ(TOWA TEI)

ロジャー・コーマン(Roger Corman)・・・

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください